MADAGASCARA Photo Garelly 2/21
マダガスカル共和国 フォトギャラリー 2001
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〜 第1章 〜
首都アンタナナリブからマダガスカル最西端ムルンダバへ3日間陸路の旅
(乾燥地帯を経てバオバブ街道へ)
首都をを抜け出すと右のような世界が広がる。首都タナはマダガスカル島内でも高地にあり僕の最初の目的地はここから陸路をジープで3日間走り続け場所にある最西端の街ムルンダバ。次第に海抜が下がり気温も上がり、水も緑も減る。旅行した時期は半年間も続く乾季だ。しかし高地付近はまだ川の流れがあった。
しかしその川は見た事のない岩石が転がり、茶色く濁りが入っている。途中観光客相手のみあげもの屋を国道沿いに発見。以外にも良く出来たかわいいバッグや民芸品等を売っていた。。更に走ると段々畑が広がった。あらゆる斜面に手が入っている。見事な畑だ。これらの畑は機会を使わず全て人間の手で開拓されたもので、代々に渡って使用されているそうだ。その脇に建つ家々はこれもまた全て手作り。建築家を職業をとしている人等はいなく、外壁に使うレンガも全て自分達が親から教わり焼く。ここでは年代のサイクルが完全に行われ、それによって糧を得て人は生きている。
しかしその生活は充分なものでは無く、人間と同様家畜もまた痩せ細り土と一体化しているように見えた。僕など1人ではものの1ヶ月もサバイバル出来る自信はない。これは正確ではないのかもしれないが、マダガスカル人の宗教感とは一風変っている。この世に生を受け産み落とされ数十年を生き朽ち果てるまでの一生の過程をあまり重要視してはいない。重要なのはその後だ。死の世界へ旅立つ際に、生きていた間に少々の米と、ちいさな家、それに家畜が何頭か手に入れている事が出来ていたら天国へ行けると考え一生を暮らす。
つまり、生きている間は死後の世界で天国へ行ける様必要なものを揃える努力だけをし、死ぬ事を恐れてはいない。これは統治時代に生まれた生きる喜びを捨てた人々の最後の砦として生まれた考え方であるのかもしれない、が、これは現地の人に聞いた話なので確かでは無い。しかし話をしてくれた人は、見るもひどい生活を長年続けてきたであろう刻印が刻まれたその顔に不健全といった影は見えなかった。ただ現在では日本や世界諸国に援助を受け次第に外からの空気が流れ込む。当然若者はそれらの風に敏感だ。音楽を聞いてもテクノやポップ調のメロディーのものもあったりしてこの先はどうなっていくのか分らない。
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