| MADAGASCARA
Photo
Garelly 1/21 |
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| マダガスカル共和国 フォトギャラリー 2001 |
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第1章 〜
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首都アンタナナリブからマダガスカル最西端ムルンダバへ3日間陸路の旅
(乾燥地帯を経てバオバブ街道へ)
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飛行機が夜遅くに首都のタナ国際空港に到着し次の日の朝を迎えた。ここから3日間は陸路をひたすら四駆で走り続ける。気温は想像より低く、アフリカの隣と言えど季節は冬、そして乾季である。昼間は熱いが夜は軽く上着が必要だ。ホテルから出ると到着した夜には見えなかった街の風景が目に飛び込む。「ふぅ〜ん、まだ想像範囲内だな、、」と思いつつ頼んでおいたのでガイドさんと合流しマダガスカル初日が始った。マダガスカル中央部首都から西へ。最初の目的地はマダガス最西端にあり、第一の旅行の目的であるバオバブの木が存在する |
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バオバブ街道に程近いムルンダバだ。距離にして約600H。途中夜街は2つ。この距離を3日かけて消化する。なぜなら殆どの道は舗装されていない為平均時速25H前後の移動になる。イメージとしては高地である首都アンタナナリブからムルンダバへは次第に乾き、息が熱く苦しくなっていく。 |
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| ちなみにマダガスカルにも一部列車はあるが、その殆どが運行されていない。つまりここは文化圏であるヨーロッパや日本とはまったく違った世界なのだ。出発地点である首都アンタナナリブは正直言って最悪だった。恐ろしい数の古いミゼット等の車が排気ガスをまき散らし息が出来ない。ものの30分で頭痛が始る。一度輝くフランス統治時代があった事を街を見れば知る事が出来るが、今では完全に廃虚と化し統率性や一貫性を持った社会性を感じる事は殆ど出来ない。 |
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